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水戸地方裁判所 昭和23年(行)6号 判決

原告

高畠胤乙

高畑胤雄

被告

茨城県知事

主文

原告等の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

請求の趣旨

茨城県指令農地第四五七〇号は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、その請求の原因として、原告胤雄は肩書小嶋地内で百八十二坪の宅地を他人から賃借し、之を使用していたのであるが、之は内務省起業久慈川改修工事用地として買收されることとなり、昭和二十一年六月一日迄に、その地上の家屋、物置等その他一切の地上工作物を移転するよう指定されたが、移転先がなくて困つていたところ、内務省太田土木出張所技官訴外〓藤幹一のあつせんで原告胤乙所有の久慈郡戸村大字小嶋字高畑一五三六番畑七畝八歩、同一五三七番の一畑三畝十四歩の二筆の農地を買受けることになつた。そこで、昭和二十一年五月三十日原告等は右の事情を具して、昭和二十一年一月二十五日勅令第三十八号農地調整法施行令第九條の規定による認可申請を被告宛提出したところ、被告は翌三十一日附茨城県指令農地第七三七号を以て之を認可したので、原告両名は昭和二十一年六月十二日前述二筆の農地について、原告胤雄名義にその所有権移転登記手続を経由した。ところが、原共胤乙は昭和二十二年十月三十一日被告から昭和二十二年十月二十五日附茨城県指令農地第四五七〇号を以て前記認可指令を取消す旨の指令を受けた。

元來、原告等が前示二筆の土地の讓渡に関し、被告の認可を受けたと謂うわけは、国家の河川改修工事と謂う公共事業に協力する目的のために基くものであつて、この目的のために、前示の通り、認可申請をしてこれが認可を受けたのであるから、その上級官庁における行政処分が裁判所の裁判の結果でなければ、斯かる公共の福祉に関係のある行政処分は最早取消されることはできない許りではなく被告が理由も示さないで、自ら独断で漫然取消したことは、甚だしい違法の行為といわなければならない。したがつて被告が発した茨城県指令農地第四五七〇号は取消されなければならない。被告の主張事実並に抗弁事実は之を否認し、かりに訴外高畠鉄之介が耕作していたとしても、原告両名は訴外高畠鉄之介から離作する旨の承諾を得た上で前記認可申請を求めたのであるから、右認可申請は適法になされ、瑕疵あるものとはいえないと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告等の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め答弁として、原告等主張事実中その主張の日時に、原告両名から原告等主張のような認可申請をなし、被告が之を理由ありと認めて同主張のように昭和二十一年五月三十一日附(茨城県指令農地第七三七号)で右認可の指令をしたこと、昭和二十二年十月三十一日被告は同年十月二十五日附(茨城県指令農地第四五七〇号)で右認可を取消す旨の指令をしたことは認めるが、その余の原告等主張事実は知らない。

抗弁として、昭和二十二年一月十五日訴外高畑鉄之介は被原宛に本件農地は原告胤乙の先代朝から数十年前に贈與を受け、右訴外人において爾來四十年間耕作をつずけており、原告等に対し、何等右農地から離作する旨の承諾を與えたこともなく、又、その意思もない旨明示して來たので、被告は実地について調査したところ、すくなくとも、訴外高畑鉄之介において、永年右農地の耕作をつずけているのに拘わらず、原告等は虚僞の事実に基いて認可申請をして、この事実がないように裝い、被告を錯誤におとし入れて、前記認可指令を発せさせたことがわかつたので、被告は同年十月二日係員をやつて原告等両名に対し、善処方を求めたが、右両名の肯容れるところとならなかつたので、遂に被告は曩に発した前記指令には右のような瑕疵あるものとして之を取消したものであつて、被告の右取消行為については違法の点はなく、原告等の請求は理由がないから棄却されなければならないと述べた。

(立証省略)

理由

原告等が昭和二十一年五月三十日農地調整法の規定に基いて原告等主張のような本件土地讓渡について被告宛認可申請をなし、被告は翌三十一日右認可の指令をしたこと、並に被告は更に昭和二十二年十月三十一日に同年十月二十五日付指令で右認可処分を取消したことは何れも当事者間に爭いのないところである。

原告等は被告が本件土地讓渡についてした認可処分を自ら何等の理由を示すことなく漫然、取消したのは違法であると主張し、被告は右認可が原告等の虚僞の申請に基いて錯誤によつてなされたから、取消したので何等違法はないと抗爭するにつき按ずるに抑も行政行為は行政行為としては成立しているが、唯その効力要件を欠いているために絶対的に効力を発生しない絶体的無効の場合と客観的な事実として有効な行政行為として認めらるべきものが存在しないが故に行政行為の不存在として取扱れる場合の二つを除いては、公法上の効力を発生し、茲に、法律秩序の確定を一応見、行政庁は勿論個人も右行政処分に覊束され、爾後これを自由に取消すことはできなくなる、唯特定の場合には法律は個人に対し恩惠的に行政処分に対する異議、訴願等による不服の申立方法を講ぜしめ、以て異議に対する決定、訴願に対する裁決によつて一旦為された行政処分を取消しすることの出來る途を開いている、したがつて一旦為された行政処分は、これを、みだりに職権を以て取消しすることは以上の不服の途のある場合を除いては許されないのであるが、併し以上の方法によらない場合でも、特に次のような特別原因がある場合には、これを職権を以て、取消すことができるものと謂わなければならない、即ちそれは行政行為の内容が法規に違反したとか、又は公益を害するとか若しくは詐欺強迫その他の不正手段によつて行われたとか、或は行政行為の要素に錯誤があつたとか等、その成立に瑕疵があるとき等である、つまり、この特別の事由に該当する場合とは、訴願の裁決異議申立の決定、市町村境界爭の決定、土地收用の裁決のような裁判と同じような確認行為を除いて、その他の行政行為を取消す場合の取消原因を指すのである、併し、職権による取消の場合には右の樣な原因を必要とするのであるとは謂え、この原因があれば直ちに取消し得るのではなく、取消の結果が、既に確定している法律秩序である個人の既得の権利又は利益を侵すと謂う状態に立ち至る場合には、前説の取消原因があつても最早、これを自由に取消すことは出來ない、この場合には既定の法律秩序を破壊してその取消を必要とするだけの重大な瑕疵若しくはその取消を必要とするだけの大きな法律秩序の発生が期待出來る場合でなければならない。

本件について観るのに農地の所有権の移転には県知事の認可を受けることが必要であることは農地調整法(昭和二十年十二月二十八日法律第六十四号)第五條により明かなところであつて、原告等が右認可を申請を求めたのも同法の趣旨に基いたものであること、証人岡野勇の証言によつて明白であつて、尚、右認可申請には、所有者である原告胤乙を耕作者となし、したがつて他には耕作者がない旨を明かにして申請したものであることは成立に爭いない乙第一号証及び証人〓藤斡一の証言によつて認められる。

又農地調整法及び同法施行令第九條の法意に照して農地の讓渡の場合、他に事実上耕作者ある場合において、これが処置の如何が讓渡の認可の可否、裁量の一要件であることは疑のないところであつて、その結果錯誤によつて裁量がなされ、因つて認可された場合は、該行政処分は瑕疵ある行政処分として当該行政庁において、これを取消し得べきものであり、又斯樣な場合、行政処分について瑕疵があることを以て足り、原告等主張の樣に取消しについて、これが理由を挙示すべき何等法上の根拠もない。

証人岡野勇及び同高畑鉄之介の各証言に徴して本件土地讓渡の認可指令があつた当時は、あたかも第一次農地改革の遂行の途上にあつたこととて、盛に耕作権の確立が叫ばれており、尚前記法條の法意に照して、茨城県としては、農地の所有権の讓渡に関して、認可申請のあつた場合には、該農地が小作地として利用されているときには、小作人の承認がなければ認可しない方針としていたところ、原告等申請の農地が自作地なる旨の申請であつたので、右讓渡を認可しても耕作権の確立に支障を來すことはないと信じ、認可したものであるが、実は、本件土地は訴外高畑鉄之介において、数十年來、自ら耕作しており、その後右訴外人から異議があり、被告においても、これを調査したところ、右事件を確認するに至り、耕作者である右訴外人において、毫も離作する意思のないことを明かにし、被告が曩に認可した理由と齟齬を來し、被告は斯る事情の下においては、到底認可することが出來ないのを何等斯る支障なしと錯誤によつて、前示の樣に認可するに至つたものであることが窺われる、右認定に反する証人〓藤斡一の証言部分はこれを措信しない、原告等その余の立証によつても、右認定を覆えすに足りない。原告等は讓渡の認可については、訴外高畑鉄之介の承認を得たと謂うがこれを認めるに足りる証拠がない。

尚原告等は国家の河川改修工事に協力するために、本件の土地讓渡認可申請をしたのであるから、斯樣に公共の福祉に関係のある行政処分を取消すことは、不当であるとの趣旨を云為するが、本件土地は原告等主張の河川改修工事の直接対象物ではなく、本件認可取消によつて、直接支障を受けることはないから、右の樣な事情から本件の認可取消を不当であるとの主張は当らない。

仍つて、被告が錯誤によつてなした本件認可処分を、瑕疵を原因として、自ら職権を以て、取消しすることは、毫も他に既得の権益を侵害することの立証ない本件においては、正当であつてこれを排斥する余地がない。

結局原告等の本訴請求は失当であることは免れないから、理由ないものとして、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九條第九十三條第一項本文を適用し、主文の通り判決する。

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